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2006.05.30

続、ハリー・ポッター

「ハリー・ポッターと謎のプリンス」を読み終えた!
物語の終盤の思いもよらぬ展開に引き込まれ、軽い興奮を感じつつ読み終えた後は、夢中になるものが無くなったという虚脱感・・

ハリー・ポッターの最終章の発売までにはまた1年半かかるだろう。
その頃、私の目はどうなっているだろう?
何とか、ハリー・ポッターの完結編を自分の目で完結したい。
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2006.05.24

ハリー・ポッター

「パリー・ポッターと謎のプリンス」上巻をやっと読み終えた。
ハリー・ポッターは3作目の「アズカバンの囚人」まではスリリングで
謎解きも面白かった。しかし4作目の「炎のゴブレット」から上下巻の2巻セットになり代金は倍になったが、ストーリーは無駄に冗長で、登場人物も
やたら多くてしかも不用な人物の長たらしい名前がフルネームだ!

文句を言いながら、予約購入して読んでいる私。世界中で3億部も売れているベストセラーには不思議な魅力がある。

2006.05.22

障害者の不便さ

買い物をして代金を支払うとき、財布の中の硬貨が判別しづらいので紙幣で支払うとすぐに小銭でいっぱいになってしまう。

私の店でも目が不自由なお客さんがいつでも紙幣で支払いをされる訳が自分が同じ立場になってやっとわかった。そんなささいな不便さも健常な頃は気がつかなかった。そのお客さんに対して気配りが足らなかったと反省する。
しかし、健常者は障害者の不便さがよくわからないのだ。自分勝手に相手が気配りしてくれるだろうと期待せず、自分ができないことは言葉に出してお願いすれば誰でも助けてくれると思う。

2006.05.17

ハリー・ポッターの新作

待ちに待ったハリー・ポッターの6作目「ハリー・ポッターと謎のプリンス」が発売になった。早速買ってきた。しばらくの間楽しめそうだ。
1年半まえの前作の頃よりかなり視力が落ちているが、この本は活字が大きく、行間も広いので見やすい。ハリー・ポッターは7作完結なので次回完結篇まで
また1年半くらいかかるだろうから完結篇を読むのはかなり苦労しそうだ。
そんな先の心配はさておいて、しばらくの間魔法の世界に夢中になることにする。
読み終わるまでブログがおろそかになるかもしれない。

2006.05.16

グチ

この頃、めっきり髪の毛が薄くなった。母方の祖父や叔父が禿げだったので仕方ないが・・
毎日洗面所の鏡で自分の姿を見るのだが、自分の顔がはっきり見えないのであまり気にはならなかったのだが、じっくり見るとかなり薄くなっている。
世の中、なんでもあまり細かいところまで見えない方がかえって幸せかもしれない。

過日、知人に鼻毛が伸びてると忠告された。ちょっとショックだった。
自分には見えないので気がつかなかったのだが他人にははっきり見えているのだ。
自分の身なりには充分気をつけようと思う。

2006.05.05

ガン

旧知の友人夫婦と夕食を共にした。近頃は病気の話題が多くなった。私も知っている彼の友人が食道ガンの手術を受けた話を聞いた。
まず、胃の一部を切り取りそれを筒状にしておいて、次に食道の患部を切除し、その部分に筒状のものを縫合する手術だ。驚くべきは手術後わずか2週間で一時帰宅を許されたという話だ。

私は17年前、胃ガンのため胃を全摘出した。一時帰宅したのは術後1ヶ月後、退院したのはその1ヵ月後だった。医療技術の進歩は目を見張るものがある。
私の胃ガンも今なら腹腔鏡手術で、胃を切除しなくてすんだかもしれない。
でも欲を言ってはいけない。命が助かっただけでも良かったと思わなければ。

私の目の病気も完全に視力を失うものではない。黄斑の外の部分でものを見る練習をすると、小さい文字は読めないが日常生活はなんでも一人でできるし、
仕事の方も長年の経験とカンで何とか弱視をカバー出来る自信がついてきた。

私がそうである様に、人は、外見はいかにも健康で幸せそうに見えても実情はいろいろ障害をもっていたり、解決できない悩みをかかえていたりするものだ。
外見だけで他人を羨ましがって卑屈にならないようにしたい。

2006.05.01

人身事故

車の運転をやめて2年が過ぎた。もう車を運転したいと思わなくなった。

2年前、左目はドーナツ状にゆがみが見えていたが右目はまだ正常だった。いつかは車の運転を諦めなければ・と思っている頃だった。突然、正面に電動車いすの老人が現れ、急ブレーキを踏んだが間に合わずぶつかってしまった。電動車いすは車にめり込み、老人は数m先に横たわっていた。
すぐ老人に駆け寄り声をかけたが、意識はあるもののかなり危険な状態だと思った。私は携帯電話を持っていなかったので周りの人に救急車をお願いして、ひたすら生命だけは助かってほしいと祈った。少し年配の男性が、大丈夫、死なないからと励ましてくれたことがとても心の支えになった。

長い時間が過ぎてようやく救急車が来て、ご老人を病院へ搬送していった。
それから、警察の現場検証を終えてから病院へ行くと家族の方がいらっしゃって加害者の私にとてもやさしく接して下さった。とても申し訳なく、有難かったです。

もともと脳梗塞で半身が不自由だったのが、この事故で完全にベッド生活になってしまい毎日、近所の喫茶店でのコーヒーと仲間と交流する楽しみをを奪ってしまって申し訳ない気持ちでいっぱいです。
車の運転を止める決断をもう少し前にできていたら・と今でも後悔しています。

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